理想と宿命/コラム

理想と宿命


「上下のない関係が理想です」

そう思う人はたくさんいますよね。

でも「社会競争」は無くなりません。

現に、友人や恋愛関係をはじめ
仕事関係など、あらゆる場面で、
「順位づけ」を経験しているはず。

昨日は、そんな話でした。

今日は、動物の生態を例に、
「競争」と「順位」について書いてみます。



Barry Lyndon/1975/Stanley Kubrick

 

順位にこだわる「競争社会」は、
人間だけのものではありません。

むしろ、
文明を持たない動物のほうが、
純粋な競争社会に生きています。

メスと交尾できるのは、
身体が大きく体力があるオスだけ。

一頭のオスがハーレムをつくる種族もいます。

あたり前のことかもしれませんが、
改めて考えると、じつにストイックですよね。

人類は近現代『一夫一婦制』となり
結婚して子供を作るシステムになりました。

けれど、資源が少なくなったとき、
そのバランスがくずれやすい。

結婚できない人が増える社会になるのです。

たしかに人間の場合は、
動物のハーレムのような極端にはならない。

しかし、競争に負けないために、
権力や物資の競争に勝ち、
順位を保っておく必要があります。

ぼくらは、文化レベルによって順位が決まります。

明確なモノサシなどないですが、
なんとなくランクを感じたりします。

それは経済力であったり、
社会的なステータスであったり。

さまざまですよね。

そのギャップが悩みの元になる。

「他人の目」が気になる原因でもあります。

だから、まずは「分相応を知る」こと。

ランク内の階層や文化、生活に馴染むようにする。

高望みして恥をかいたり、
絶望したりしないために。

われわれは、この《ほどほど》で、
それなりに満足できるのです。


順位を競う争いは、きついし恐い。

できれば避けたいですからね。

とはいえ「落ちこぼれ」とも思われたくない。

平穏で安全で、危険の少ない道はないものか…
と、つい考えてしまう。

その結果、

「真ん中がいい。普通がいいんだ」

という価値観が定着し、
日本人は『一億総中流』となったわけです。

にもかかわらず人は、
小さな集まりで順位を気にし、
権力闘争に巻き込まれる。

どんなに合理的な社会システムを
考案しても、やはり「競争」は
付いて回ってくるんです。

競争のない理想を掲げてみても、
隣には競争を求める人がたくさんいる。

時代が変われば、その競いは激化する。

それは「順位づけ」が動物的な本能だから。

 

生きとし生けるものにとって、
避けられない宿命ともいえます。

そうなんですね。

実際には避けられない。

 

けれど「順位」に苦しみを感じない
方法は、きっとあると思うんです。

いったい順位とはなんなのか。

はたして順位とは必要なのか。

それを詳しく知り、
そこから超越できる手段を見つける
べきだと、ぼくは思っています。

 

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中島多加仁【星読み師☆taka】

 

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