2010年5月/コラム

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2010年5月

好きになるほど不安になるのはなぜでしょうね?

ひとを好きになるって、

じつに不思議な気持ちですよね。



「本当に好きなときは、理由なんてない」

たしかにそうかも。



胸がキュンとしたりドキドキしたり。

いままでになかった好印象を持ったり。

それが恋を感じた瞬間なのかもしれません。



そんな不思議な心の糸を結び合って、

幸運にも互いに好意を感じて

おつきあいがはじまるのです。



でも時間がたっていくと、

お互いの気持ちがギクシャクしたり、

関係がうまくいかなくなることも多いですね。



あんなに素敵に思えていたところが、

そうでなくなったり、

今まで気にならなかった点が嫌になったり。



そういう時は、

少し会う回数を減らして、

自分を見つめ直す時期なのです。



夫婦や同棲の場合ならば、

難しい話し合いはお休みして、

自分の気持ちとつきあってみるのです。



そして、ゆっくり思い出してみましょう。

「なぜ相手を好きになったのか」

を。



そのとき、自分はどんな感じがしたのか。

相手のどんな部分に共感したのか。



すでに知っている答えではなく、

もっと深いところ、

そう、胸の奥に問いかけるような感じでイメージするのです。



あなたが相手に魅かれた部分。

それは、あなたにとってどんな意味があるでしょうか。

誠実さ、純粋さなのか。

あるいはユーモアのセンスなのか。


きっと、自分に欠けている部分かもしれません。

好きになる相手には「共感」があったはずです。



その共感には、2種類あります。



自分にない部分と、

自分と似たような部分。



相手に感じたその部分は、

あなたにとって意味があることだったはずです。



しかし時間がたつと、なぜか冷めてしまう。

それは人の性質が、立体的なものだからです。

優しさは、ときに優柔不断となりえます。



自分だけに優しくして欲しいと思っても、

だれにでも優しかったりします。



好きになるほど不安になるのはなぜでしょうね?



「相手の気持ちがよくわからない」

「恋愛をすると本当の自分を見失ってしまう」

「好きな人に、ありのままの自分を出せない」



おおむね、こういった状況ではないでしょうか。



ところでなぜ、あなたは、

苦しむために恋愛をしているのですか?



「恋愛とは人生のスパイス」なんです。



スパイスがなくても、そこそこおいしい料理は作れますよね。

でも、スパイスがない料理は、やがて飽きてしまいます。



恋愛のない人生でも、

そこそこ楽しく過ごすことはできると思います。



しかし恋愛によってさらに楽しくなり、

生活にもメリハリがでるし、

それこそ人生がバラ色になる可能性だってあります。



あなたの恋愛は楽しいですか?

それとも苦しいですか?



苦しい恋愛は、どこかで無理をしているのですよ。



それは気がついていることかも知れないし、

無意識なのかも知れません。



いつも同じパターンで失敗する、という人がいますよね。



「自分さえ我慢すればいい」

「苦しいけど一緒にいたい」



そんな恋愛をしている人は、

「本当にそれで自分は幸せなのか」

と、自問自答してみることです。



無意識のうちに潜んでいる悪循環があるはずです。



あるいは、

「自分なんて幸せになれるはずない」

といった自己否定がどこかにあるはずです。



だから自分と向き合って考えてみるのです。


恋愛の苦しさはどこからくるのか?



恋愛で苦しんでいる人は、

自分を追い込んでしまっているのです。



「相手の気持ちがわからない」

「嫌われるのが怖くて本心がいえない」



そう。頭では分かっているけれど、ね。

思い込みが妄想的になって、苦しむのです。



より良い関係を築くには、

円滑なコミュニ ケーションは欠かせません。



「愛しているから(愛されているから)すべてを察して!」

という感覚には無理があります。



たしかに日本には、

「以心伝心」とか「気持ちを察する」という

素晴らしい感覚がありますが、

愛し合っていても、いくら理解し合っていても、

相手は他人なのです。



とくに男と女は、

基本的に理解しがたい複雑怪奇な存在なのです。



相手の気持ちは相手しか分からないことが多く、

勝手な思い込みは苦しみをもたらすだけです。



「ありのままの自分を出したら嫌われる」

と考える人は、

相手を信頼しきっていないからではないでしょうか?



恋愛で、不安や恐怖を感じることは自然なこと。


でも、極度の不安からは

苦しみしか生まれませんよね。



苦しめている張本人は、

じつは相手ではなく自分自身だったのです。

 

 taka

 

結婚したい理由、結婚しない理由。



あなたとなら うまくやれる

そんな恋は いつか破れる


あなたなしでは 生きていけない

そう思える相手と 連れ添いましょう






「結婚しない人」が増えています。

でも、いま独身の90%以上は、

いつかは結婚したいという願望を持っているようです。


「結婚なんて一生したくない」

と考えている人は、実際わずか数%なんですよね。


だから正確には、

結婚する意思はあっても、未婚のまま過ごしている、

ということになります。


平たく言うと、結婚しないのではなく、

「結婚できない人」が増えているのです。


結婚できない理由はあきらかです。


結婚相手となるべき異性と出会う機会や場所が減ったからです。



ぼくのところへ鑑定に来る独身の男女に

「結婚しない理由」を聞いてみると、



「結婚したいと思う相手に巡り会わないから」



が一番多い理由でした。



多くの人が

「今すぐには結婚したくないけれど、いつかはしたい」

というのです。



ただし、

今の生活が気に入っているから結婚の必要性を感じないし、

自由な時間やお金がなくなるから、

あるいは生活習慣を変えなければならないからという理由で、

結婚を前向きに考えられないという感じです。


でも良く考えると、

もし凄く好きな人ができて、

その人が理想的な結婚相手だと思ったら、

結婚を意識するはずです。



自由な時間も生活も、相手と共有したいと考えるはずです。

しかし現実は「結婚しない人」が増えています。



未婚化を進めた原因はなんでしょう。



70年代まで日本の結婚の方法は、

お見合いが中心でした。


しかし2000年に入ってからは、

見合い結婚が10分の1以下になりました。


理由は単純です。

お見合いを仲介してくれる人がいなくなったからです。


地域社会の結びつきや人間関係が希薄になったせいで、

他人の結婚の世話までしようとは思わなくなったのです。


さらに職場、つまり仕事関係での結婚も

70年代と比べると半分に減っています。



女性の社会進出が目覚しくなり、女性の地位も向上したことで、

女性の結婚観に変化がありました。



経済的に自立した女性が増加し、

「結婚までの腰掛け」とか「寿退社」という意識が減ったのです。



不況が理由で社内のイベントも減り、

上司が縁結び役を買うこともなくなり、

職場が出会いの場ではなくなったようです。


つまり、「お見合い」と「職場結婚」という

2つの大きな出会いの場が消滅したことで、

結婚できない人が増えたのです。



もともと日本人は引っ込み思案な民族です。

それは男女ともにいえるでしょう。


だから出会いの場を増やせば、

結婚が増えるというわけでありません。



お見合い結婚という文化が薄れ、

仲人さんという強力な結婚サポーターがいなくなった今、

自力で結婚相手を探し、交際を順調に進め、

やがて婚約へと帰着しなくてはなりません。


ということは、恋愛するためのあらゆるスキルが必要なのです。

そのスキルとは、まずは交際力です。

出会いを自力で作っていくのです。

そして会話力と表現力も重要です。

自分をアピールする力のことです。

さらに共感力……これは相手と自分との距離感を縮めるテクニックです。

また感動力とか尊重力といったパーソナリティも必要となります。

相手との距離感を一定に保つスキルですね。



これらを総称して「恋愛力」といいます。



恋愛力を身につけられないままだと、

自力で結婚相手を見つけることに苦労するでしょうね。

感謝は半分返し。怒りは倍返し。恨みは3倍返し。

多少、心理学に興味がある人なら知っているでしょう、

「好意の返報性」という用語を。



自分のことを好意的に思ってくれる相手は、

好意的に思えますよね。



少なくとも、

自分のことを悪く思っている相手よりは好きになれるはずです。

(ストーカーは別ですが……)

 


これは理屈で考えなくてもいいんです。



あなたに好きな相手がいたとしましょう。



ではまず自分から、

その人を高く評価しているということを、

相手に伝わるように示すことが有効です。



なぜなら人は、

自分を肯定的に評価する人を好きになる

という傾向があるからです。



これが「好意の返報性」なのです。



その理由は、誰にでも

「誰かに認められたい」

「高く評価されたい」

という欲求をもっているからです。



だから、その欲求を満たしてくれる相手は貴重な存在になるのです。


これは異性・同性問いません。



自分のことを認めてほしければ、まず相手のことを認めることが先です。



ただし、好意の返報性は

自分を肯定的に理解している人には有効ですが、

自分を否定的に理解している人にとっては効果がないのです。



それは「お世辞」を言われるのが苦手な人もいるということです。



陰気な性格の人、つまり自己否定の精神が強い人には、

逆効果となることもあるのです。





ここで対人関係でミスをしない、

大事なポイントがあります。



感謝(お礼)は半分返し。

怒りは倍返し。

恨みは3倍返し。



という法則です。



結婚式の祝儀や葬式の香典は、基本的に半分返しますよね。



それと似ていて、

人間は、感謝の気持ちを相手に半分だけ返すことが多いのです。



つまり、言い方を変えれば、

誰かに何かをしてあげても、

そのお礼は半分しか帰ってこないということです。



これを知っておかないと、

ちょっとした感情のもつれを生みだします。



そして次に重要なのが、

「怒り」の気持ちは、倍になって帰ってくるということです。



たとえば、あなたがパートナーに対して、



感謝・好意が50%

怒り・不満が50%



だったとしましょう。

すると相手から返されるものが、



感謝・好意が25%

怒り・不満が100%


となるわけです。


もちろんこれは目安です。

絶対性ではありません。


ですが、おおむねこういう傾向があるということです。




彼(彼女)とうまくいきたいのなら、

相手に対して、



感謝・好意を80%

怒り・不満が20%



という配分にする必要があります



そうすると相手から返されるものが、



感謝・好意が40%

怒り・不満が40%


となるからです。


単純に考えると、損をしたような気分になりますけども、

これは、どちらが先かという問題ではありません。


エネルギーを発した側から、スタートするので、

「先手必勝」なのです。



まず先に、自分から行動を起こしてみること。



先に相手にやられたら、

アドバンテージをとられたことになりますからね。



そう、まず自分から。



感謝や好意を受けた相手からは

「あれれ……?」

という複雑な気持ちになります。



ときに期待を裏切られることもありますよ。



期待を裏切る相手とは……

あ、これはちょっとテーマが違うので、

また次の機会にでも。

 

 taka

 

男女はなぜ恋愛し、そして結婚するのか?


「どうやったら結婚できるか」

「ケンカした相手と復縁するにはどうすれば良いのか」

ぼくのもとには、毎日のようにそんな相談がきます。



うまくいかないカップルや夫婦は、

いざというとき、自己の問題点に着眼せず

「男でしょ」「女だろ」と罵り合っているシーンが多いのです。



こういった問題点なんかは、

女性解放と男性解放の両方を知っていると、よく見えるようになります。


デートのときなどは、相手の気持ちがわかるように互いに心を配るべきです。


異性愛だけでなくレズビアンやホモセクシャルといった同性愛のように、

古典的な男女2分論に該当しないさまざまな性の様式があります。


性や恋愛感情には多様性があっていいのです。

これからは従来の「らしさ」にとらわれない

性的感情の多様性を模索するべきだからです。


多様な性的感情まで否定してしまうと無味乾燥になってしまい、

芸術性や文学性が崩壊してしまうからです。


人が持つ多くの感情は、動物だった頃にまでさかのぼります。

母性とか闘争本能がその典型ですよね。


ある個人が、自分の生き方の「美しさ」を目指すという意味において、

母性と闘争性を考えるのはたいせつです。


しかし問題なのは、明らかにムリしているのに、

「男だから」と我慢をし、

感情面を犠牲にして苦痛やストレスを受けているときです。


これが人間性を否定してしまうのです。


古い性役割を捨てることと、性的感情を捨てることは違うのです。


性的感情は、情緒的に楽しむものだからです。

男女の情緒……これはおそらく、簡単に決まるものではないでしょう。

人間のベースは男でも女でもなく、ひとりの人間なのです。

ひとりの人間としての知識、情緒、意識を持ち、そして生きがいを持つことです。

社会は本能的つまり動物的な感情をタブー視してしまった感があります。

それは本来、性的なものも含めてダイナミックな精神世界を形成しているのです。

ただ恋愛においてのみ、

それを表現できるようになってしまったように思えてなりません。

ぼくの心にもかなり強烈な性的感情というのがあります。

その一方で、機械的な部分や真面目な部分もあるのです。


それは男らしさの一種だという人もいるでしょうし、

むしろ女性的なものだと感じる人もいるでしょう。


ぼくのなかにもオトコの要素やオンナの要素があると捉えています。

ただやはりオンナの要素は表現しにくですね。


ぼくは同性にセクシャリティを感じることはまったくないですが、

同性にしか感じ得ない、独特な感情があるのは事実です。


異性に対して嫉妬することはないけれど、

同性は嫉妬の対象となるからです。


人の心の中にある多様な性的感情をみるとき、

「やはり男なんだから、仕事ができて、金持ちになって、女を幸せにしたい」

という価値観が圧倒的に強いのも事実です。

それが叶わないと、ある種の貧しさを感じてしまうでしょう。


もっとも良い形の恋愛態度とは、

「恋愛を尊び、恋愛に依存せず」というスタンスでしょうね。

恋をすることもあるが、別にそれなしでも満足して生きられるという状態です。

性行為がしたい。結婚したい。子どもが欲しい。

といった感情に対しても同様で、

理想は「尊んで依存せず」につきます。


ぼくも恋愛願望は強いほうなのですが、

それに振り回されるようであっては、自由が失われてしまいます。


願望だけじゃだめなんですね。


セックスは子孫を残す行為のみにありません。


男と女がすばらしい性行為をするには、

そもそも感情の高鳴りが条件となります。


感情の高まりのない性行為は、なんともさびしく、後味の悪いものです。


そして、もちろん子どもがいるということは、

それは誇りと尊敬 に値することです。


しかし、親になるのは義務ではなく、

精神的にも社会的にも確立したものが者が得る権利なのです。


夢物語ではなく、地に足がついた現実として選ぶ道なのです。


結婚して親になって子孫を残すという生き方には、

社会的な圧力に立ち向かう一種の覚悟が必要だと、ぼくはそう思います。



結婚は何のためにするのか。


それは「しあわせになるため」ではありません。


結婚とは、

「しあわせ力」を身に付けるための実践研究の場なのです。


結婚することでしか得られない多幸感もありますが、

それに反して焦り、悩み、苦しみ……といった

試練を乗り越えようとする精神力とアイデアを育てること。


そうすれば、人間性が一段格上げとなります。


だから恐れることなく恋愛し、結婚したらいいです。


「失敗した!」

と思うことも多々あるでしょう。


そんなときのために、人間はいくらでもやり直しが出来ます。


再出発し、さらなる自分を磨き上げるチャンスかもしれませんしね。


(とりあえず、ここまで)



taka


 

女性には、二つの道がある。

 

 

女が男のために我慢している、と世間はいうでしょう。

家事は「ただ働き」だと。



ある家政学者が言っていました。


家事労働に賃金は支払われることはないが、

賃金換算すれば年間300万円をだと。



たしかにそのとおりでしょう。



家事労働は、どれほど頑張っても

多くの人から賞賛を集めることがありません。



しかし、家族のために働くサラリーマンだって、

自分のために使えるお金は限られています。


実際は、男のほうが多かったりしますよね、

我慢しなければいけないことが。


また、女性のなかには、

「男性のように責任を背負わされるのはちょっと……」

と考える人も少なからずいます。


おそらく、男のほうが女以上に多くの負担がかかっていて、

しかもそれを訴えること自体が抑圧されているからでしょう。



それが、彼らの心に多くのひずみを生み、蓄積した結果、

暴力やセクハラ、痴漢などを引き起こしているのかもしれません。



さて。

女性には、二つの道があります。


1 結婚、家庭、子育て

2 キャリアーウーマン


そのどちらを選ぶのも、その人の自由です。


この世には、すべて「陽」と「陰」で構成されています。

働く女性は「陽」で、専業主婦が「陰」になりますね。

ただし、従来のジェンダー論と異なってくることが二つあります。



本人の能力が抜群に優れている場合を除いて、

その両方を選ぶのは無理があり、

どちらを選ぶにしても、

結婚相手に要求できることは限られてくる、

ということ。



しかし、これを指して「女は損だ」といってはいけません。


家庭と仕事……つまり成功の2つの選択肢がある時点で

女性のほうが得だからです。



二つ目については、キャリアーウーマンの場合。


古臭い「女らしさ」という縛りから自由になったわけですから、

相手に「男らしさ」を要求してはいけないのです。


つまり、キャリアーウーマンの女性が、

「自分よりも能力の高い男性しか結婚にあたいしない」

と考えているのなら、

「女らしさはタブーだけど、男らしさは当然」

という考えなので、それは矛盾があります。


仕事ができる女性が「自分より上」と思う男性というのは、

とうぜん仕事バリバリで忙しいはず。


だから、もしそんな相手と結婚したら、

自分が家事をやる側に回らざるをえなくなります。


仕事を頑張りたい女性が、自分の才能を活かしたいのなら、

旦那はむしろ仕事よりも家でのんびりするタイプを選ぶべきです。


それなのに、評論家までもが、

「男が弱くなった」

「女性が強くなったから、男性はもっとがんばらないと」

なんていう始末。


「優秀な女性は、さらに優秀な男と結婚するのが望ましい」

という考えを、暗黙の了解としています。

しかし「自分より優秀な男としか結婚しない」

という価値観は、じつは男尊女卑なのです。


男にだって、陰と陽の区別があります。


陽性が強い男、陰性が強い男。


これは生まれもっての先天命で、ある程度わかります。


そこへ生まれ育った環境や食事の傾向などが強く影響されて、

現代は、陰性の強い男が増えたということ。


これは、陽性の強い女性が増えたのだから、

陰陽バランスの理論からすれば自然に成り行きなのです。



「女らしくするのはいやだ」


それはそれで問題ありません。

ならば、そのかわりに「おとこらしさ」を要求するのもやめるべきです。


もし「男らしさ」を要求したいならば、

自分もそれに見合う女らしさを発揮すべきなのです。



「男の人には、自分の意見をはっきり持ってほしい」

とすれば自分は、

相手の意見を尊重できる女になるべきです。


自分の意見を言いたいならば、相手が優柔不断でも大目に見るべきです。


「自分ははっきり言うが、本当に大事なことはやっぱり相手に決めて欲しい」

という考えでは、かならず争いが生まれます。


これは男女に限らず人間関係一般にいえますが、

自分の意見をはっきりいうもの同士はぶつかり合います。


「女は従順で、遠慮しないといけない」という性役割は、

女性に自己主張できないことによるフラストレーションを与えます。



それにかわって、男が女の分まで代弁すれば

フラストレーションは解消されます。



だから、女がよく男に自分の思っていることを代弁させたりするでしょう。


自己主張を強要されることは精神的に疲労します。

もし自己主張したならば、かなり無条件で

「はい。あなたのおっしゃる通りです」

と受け入れる役割が必要なのです。


そして男は、

「戦わねばならない」

「立ち向かえる勇気がないと男じゃない」

という役割によって心が荒んでしまうから、

そんなときに女性が優しく慰めると、

そのストレスが解消されてつり合いがとれるのです。


その反対に、優しさを強要され、

怒りや闘争心を抑圧しないといけなときは、

自分にかわってそれを表現する人が必要になるわけです。


ステレオタイプな性役割を受け入れる気はありません。

でもぼくは、他の人には性役割を強制しないけれども、

やはり自分は男らしくありたい、と考えています。

そう考えている人も多いでしょう。


そもそも男は、女を守りたくとも近くにいなければ守れません。


かつて日本は、狭い範囲での村社会があって、

男が集団で女を守っていた時代がありました。


しかし今は時代が多様化しています。

昔の倫理を持ち込んでも意味はないのです。


ただし、「男らしさ」「女らしさ」がまったくない恋愛や結婚……

そんなのはそっけないし、つまらないでしょう。


「らしさ」なんてものは、ときどき演じる程度でよいのです。

情緒的にはそんな感じで適当にうまくいくと思ってます。


余裕があるときは

「頼り甲斐がある」

「細かいところにまで気がつく」

といった「らしさ」をアピールできますが、

余裕がないときなどは、

事務的になってもいいので丁寧な態度をとる方法が好ましいでしょう。



男も女も、感情は一定ではありません。

つねに揺れ動いているのが人間です。

人間ほど、陰と陽のエネルギーに翻弄されやすい生き物はいませんからね。


だから、今の自分が陰なのか陽なのか、

そして本質的にはどっちなのか?

それを見極めるための紫微斗数であり四柱推命であり九星気学なのです。


占いに翻弄されてはいけません。

なぜなら絶対的なものではないからです。


一番大事なのは、自分の本心と行動に矛盾がないことです。

自分の矛盾を棚に上げて、

相手の矛盾を指摘してしまうと、

そこにはかならず歪みが生まれます。


女性差別や男性差別は、そんなところから発生するんです。


だから異性同士のつきあいは難しいしめんどくさい。

だったら同棲で愛し合っちゃえ、という結論を導きだす人も増えるでしょうね。

 

(さらにつづく)

 

 

 

ジェンダー論を考えてみる。

 

ジェンダー論を話すことは、なんとなくタブー視されています。


けれどもほんとうは、

特定の性別、年齢、社会集団を差別する意図はなく、

それどころか、それらの間にある差別をなくすために、

ジェンダー論を話し合ったほうがよいと思うのです。


なぜなら差別されてきたのは女性だけではないからです。

かつては「女性が差別されてきた」と思うでしょう。


しかし少なくとも今の世では、

男のほうが損をしている面が多いようです。

女らしさはタブーなのに、男らしさが当たり前。

これは納得できませんよね。



「男のくせに意気地がない」というのは、

教育現場でも普通に行われています。


しかし「女のくせに優しくない」と言ってはけないような風潮です。


女は家庭的であってほしい、と要求する男性は、

「男尊女卑だ」

「女性を抑圧している」

なんて叱られてしまいます。


しかし女性が「男なら仕事で出世」を要求するのはわりと自然です。


もちろん、女性の地位向上という考え方そのものには賛成です。


事実、今まで女性が差別されてきたし抑圧されてきたのですから、

男はもっと女のことをわかってあげないといけません。



女子社員にお酌やお茶汲みが要求されることはいまだに多く、

セクハラ対策なども必要だと思います。



戦前まで女性は参政権がなかったし、

日々の生活でも自己主張が許されず、

夫から暴力をふるわれても黙って耐えるしかなかった。



出産や育児の大変さは男には分かりませんしね。


そうした状態から女性を開放し、

男性側への理解と配慮を求める運動はとても重要でした。


しかし「男のほうが我慢させられてきたこと」だってあります。


妊娠や出産は女性のみの苦労ですが、

男にのみ科せられた徴兵制の負担もあったのです。



男だけ参政権があたえられたのは、

過酷な戦場にかりだされることとの引き換えでした。



医療の発達していなかった中世は、出産はまさに命懸けでしたが、

それでも男のほうが平均寿命が20才以上も短かったのです。



その主な死因は戦死、炭坑などでの事故、

そして長時間の労働による過労死でした。



体力のない男性、精神的に強くない男性が、

人類の長い歴史のなかでどれほど侮辱され、

寂寞感(せきばく-かん)に苛まされてきたことでしょう。



男性が大変になったのは、男同士の競争によります。


しかし女性が男性に要求する

「男なんだから」という意識にも、

すこしは原因があります。


いざというときに戦えない男をみて、

女は「男らしくない」と冷たくあしらいます。


でもね。
すべての男性が生まれつき攻撃的なのではないんです。

攻撃性を強要されるから乱暴になることもあるんですよ。


この点にかんしては、

特に女性(主に母親)の責任が大きいと思います。


男性同士の争いは、生まれつき攻撃的というのもありますが、

じつは女性の言動がその大きな要因にもなっているのです。



ナイフを突きつけられても「男なら立ち向かえ」といわれます。

「やられたらやり 返せ」

「男なら自分でなんとかしろ」

と言われ続けた結果、

ある者は暴力で他者を服従させることに満足し、

ある者は心がすさんで精神に異常をきたし、

理解しがたい殺傷事件をおこす。


ゆえに男性の犯罪発生率はたかいのです。



そして日常をみてみましょう。

じつは、男よりも女のほうが行動の自由度はあるのです。


たとえば、女子が少年漫画を読むのは奇異にはみられませんが、

男子が少女漫画を読むのは変態扱いされてしまいます。


女はズボンもスカートもはけるけど、

男はズボンのみ。


スカートをはくことは、

ファッションの自由度が多様化した現代でも

まだ奇異な目で見られます。


もっとも最近は緩んできてはいるようですが。



恋愛ととりあげてもそうですね。


男性がリードするといえば聞こえはいいですが、

女性と接するのがうまい一部の男性を除いては、

女の子のために「ひたすら我慢する」というのが現実です。


男本来の感情を犠牲にし、

女の感情を優先することで成立している恋愛をよくみかけます。



外面的には、女の子のほうが尽くしているカップルでさえ、

内情は男が女のために苦労しているようですね。

(さらにつづく)

 

 

男女学を考えてみる。

 

「女性差別をなくしましょう」という話をよく聞きますよね。

それはもっともな意見です。


しかし「女性のために」といいますが、

女性だからこそ得なことも多いと思います。


今「女性の時代」と叫ばれていますが、

そういう感覚は昔からあったような気がします。



男と女は生まれながらに、

生物学的な性(セックス)も

社会的な性(ジェンダー)も違います。



また、いろんな形態の競争で

他の同性に勝てるように適応するよう、親から教育を受けます。

 

あまりにも窮屈な「男らしさ」が、

妻や恋人への暴力の原因になってしまうこともあります。

 


たしかに男の暴力の起源は、育ちの問題だけではありません。

遺伝的にプログラムされているものもあります。

男の暴力とは、社会的性などによって形成される繁殖戦略だからです。


チンパンジーやオランウータンの雄は、

あたりまえのように雌をレイプします。



それは多くの雄が、自然淘汰の繁殖競争に勝つ ための適応能力とされています。

そして殺人の根本的な原因も、また生物学的なものなのかもしれません。

それは、繁殖を有利にするための個人的な利益からうまれるもののようです。


すでに獲得した大きな利益を保持のために、

男を「殺し」へと駆り立てるように設計されて、

性淘汰によって雄の魂に暗号化された本能だとも解釈できます。


さらに戦争は、まさに男たちの繁殖のための、のるかそるかの賭けでした。

戦争という生命を左右する危険に見合う、

いちばんの価値ある目的は「女」の存在です。



あるいは、より多くの女たちとその子孫を惹きつけたり、

支えたりできる資源だったのです。


男(雄)が「戦争」を通じて求めるのは、自分の一族を利己的に拡大すること。

つまり安定した社会を形成することに起因します。


なぜ雄は戦争をするのか。


「ただ、より多くの子孫を残したから」

 というのがその理由なのかもしれません。


世界中の男たちは、

戦争で勝利する確率を高めるために「結束する」 のです。

人間は生まれながらにして白紙状態ではありません。

人間の本性は、

「個人の生存と繁殖という究極的な機能に役立つもの」

なのです。


殺人を取り上げて考えるとき、

その基本は「きびしい繁殖競争の世界」であって、

そこでの勝者が、何百万年にもわたって、

受け継がれる遺伝子を決定してきたのです。



この遺伝的の傾向を、いかに克服するか。

これが現代人の課題だと言えます。



女性への暴力、レイプ、殺人そして戦争などは、

先祖からの生物学的な悪の遺産なのです。


それを適切に押さえる術を身につけることが、

人類の進化だといえるでしょう。


かつては暴力は、男と女の繁殖という進化でされた行動でしたが、

文明が開かれ、人類が文化的になってきたいま、

「男と女では、精神も感情も優先事項も違うのはなぜか」

と、つねに考えなくてはなりません。



誰も口には出しませんが、

お酒の酌やお茶くみは女がするもの

パソコンとか重い機材は男が運ぶのが当たり前

という意識が、大なり小なりあるはずです。


お酌やお茶くみが差別というのなら、

レディーファーストはどうなるのでしょう。


船が沈んだときや災害救助は女性が先です。

男の命よりも女の命のほうが重いというわけですね。



ということは、フェミニズムの考え方では

レディファーストを肯定できないはずです。


女性は悲しんだり落ち込んだりしていると周囲が慰めてくれますが、

男性は「情けない」と馬鹿にされてしまいます。


これが男性の犯罪発生率の上昇、

とくに女性に対する性犯罪の心理的な原因になっているという説もあります。

 

つづく

 

 taka

 

励みになりますね。

 

宮帯出版の社長から2通、メールが届きました。

ひとつは、

テレビ朝日「スーパーJチャンネル」で、

鑑定士として登場した旨。

 

鑑定士といっても占い師ではありません。

 

専門は、茶道具と武具甲冑などの古美術。

彼は、若いけれど一流の目利きなんです。

 

出会いは彼が28才。

 

独立志願の強い好青年でした。

 

ぼくは売りたい古美術がたくさんあったので、

そのとき懇意にしていた

コーヒー輸入会社の社長さんから紹介してもらったんです。

 

それから彼とぼくは、まぁなんというか

若い経営者として親しくさせてもらっています。

 

昨年は彼の結婚式にも

「作家」ではなく「友人代表」として出席しました。

 

 

ふたつめは、いわゆる読者のファンレターです。



以下、ご本人様の原文のママ。



熊本県の女性です。



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はじめまして。

「しあわせになる恋の法則」読みました。

TV番組で感動し、目頭を熱くすることはありますが

悲しいことがあったり辛いことがあっても

泣くことが怖くて声を出して泣くことが少なくなってきた私が

久々に、声を出して泣いてしまいました。


何故泣けたのか・・


著者が深い部分で「人の心を理解している」ことと

著者の人としての温かさが

迷ったり悩んでいる人の心を温めてくれたのだと感じます。

気持ちの整理して前に進もうという元気な気持ちを与えていただきました。


これまでいろんなことを体験し

運命のように出会った

「紫微斗数」から作者のHPを知り

コンセプトに感動して「しあわせ・・」を購入したのですが

深く温かく人の心に寄り添ってくれる本で

読み返したくなる本であり

いろんなことで悩んでいる人に教えてあげたい本です。

素晴らしい本を提供して頂きありがとうごさいました。

今後も更に沢山の人を元気にしてくれる本でことを願っています。



今回は、女性視点の本でしたので

男性視点で書かれたものも出版されると

恋はもっと上手く運ぶかもしれませんね(*^_^*)



貴社の益々の発展をお祈り申し上げます。



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以上です。




占いも大事だけれど、

もっと重要なことは、男と女の心理学ですね。



男は女の真実を知らない。

女は男の真実を知らない。


だから互いに追求していくのでしょうね、どこまでも。



まだまだ足りないんだ。

もっと多くの人をしあわせに……。


この程度じゃ、ぼくの欲望はまったく満たされない。



恋愛で苦しんでいる人

迷っている人のために

ぼくは何かを

書かなければいけないような気がします。

 

taka

 

 

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